藤原大は未来の落穂を拾う

藤原大さんに新作の映像を見せてもらった。

画面に地下鉄のホームが映る。ニューヨークだ。たくさんの人たちが足早に歩いていく中、カメラがひとりの男を捉える。

彼はこざっぱりとしたウインドブレーカーを着て、まわりの人たちとは違うペースでゆっくりと、通路の壁際を下を向いて歩いている。片手にはダイソンのコードレス掃除機。通路に掃除機をかけながら、歩き続ける。

帽子でスキンヘッドをカバーしているものの、もうひとつのトレードマークである太縁の眼鏡から、彼が藤原大であることがわかる。藤原さんがニューヨークの地下鉄駅の掃除をするとは考えにくいから、彼はきっと、掃除機で何かを集めているに違いない。

ここで私が連想したのは、アニエス・ヴァルダ監督のドキュメンタリー映画『落穂拾い』(2000年)だ。パリのマルシェで落ちている野菜を拾う人々を偶然見かけ、ミレーの名画《落穂拾い》(1857年)を思い出したヴァルダ監督が、ハンディカメラでフランス各地の現代の“ものを拾う人々”を撮影していくロード・ムービーだ。

落穂拾いとは、穀物の収穫後、集めきれなかった落穂を拾い集めること。旧約聖書にも記述があり、貧者や社会的弱者の権利として近世までヨーロッパの農村社会に残っていた慣習らしい。

映画には老若男女さまざまな落穂拾いたちが登場し、拾われるものも、畑に大量廃棄されたじゃがいもから漁港に捨てられる牡蛎(どちらも規格外として)、家具や電機製品まであり、飢えをしのぐためだけではなく、ボランティアやアートの素材にするためといったように、現代のフランスでは「落穂拾い」の状況も複雑になっている。

藤原さんの落穂拾いは、よりラディカルである。

彼の設定は、気候変動や世界経済の変化によって動物が減少した未来だ。ゴミが増え、動物が減るならば、衣服の素材はどうなるのか。ゴミから衣服を作ることはできるのか――この疑問を解決するために、彼はニューヨークと東京の路上でゴミを集めた。

《ゴミが糸になる——草原のセーター、都会のセーター》の映像から、モンゴルの大平原でのシーン    

さらにはモンゴルの草原へ向かい、同じ掃除機で羊、カシミヤ山羊、ヤク、山羊といった動物たちが落としていった毛を集めた。映像のなかで彼が装着しているゴーグルには、ドローンが察知した草原に落ちた動物の毛の位置情報が送信されている。

こうして集めた毛、そしてゴミをそれぞれ洗浄し手で紡ぐと、モンゴルの動物からはベージュおよび茶色の糸、都会のゴミからはグレーの糸ができた。

《草原のセーター》2021年       

《都会のセーター》2021年      

 それらの糸から8着のセーターが編まれた。映像とセーターの展示が《ゴミが糸になる――草原のセーター、都会のセーター》という作品である。

《ゴミが糸になる——草原のセーター、都会のセーター》HKDI ギャラリーでの展示風景 

 この作品は、今年3月28日まで香港HKDIギャラリーで開催されている藤原さんの個展「ザ・ロード・オブ・マイ・サイバー・フィジカル・ハンズ」で展示されている。新型コロナウィルス感染拡大の影響で、藤原さんもスタッフも渡航せずすべてリモートで設置指示をおこなったという。

香港での初の大規模な個展は、彼自身のキュレーションにより、学生時代の作品から最近の仕事までをまとめたパート、独自のデザイン手法「カラーハンティング」のプロジェクトをまとめたパート、そして最新作2作品を展示したパートからなる3部構成になっている。

手を動かしてものをつくることから始まった創作活動が、さまざまな影響をうけながら発展し、現在の彼の関心(サイバー空間と現実世界の創造の接続)につながっていることがよくわかる。

たとえば、今回初めて公開されている学生時代の作品。

赤い籏を海底に立て、海流になびく布の動きと水の色の対比を撮影した最初期の写真作品には、色と環境の関係、布という素材への強い関心がすでに現れている。

また卒業制作で作ったジェンダーフリーの野球グローブの、素材を徹底的にリサーチし、構造を再考し機能を集約して製造工程を少なくするデザインアプローチは、後のA-POCの仕事につながっている。

香港の空の色を採る。《Color Hunting in Hong Kong》

これらの作品は藤原さんの仕事の種だと言えるだろう。種はいくつも蒔かれているが、「カラーハンティング」もそのひとつだ。

これは、目の前にあるものの色を見ながら水彩絵具を調色してカラーチップを作り、対象物の色を獲得してデザイン作業をおこなうデザイン手法で、作家や教育機関と協働したプロジェクトを紹介する展覧会「COLOR HUNTING 色からはじめるデザイン」(21_21 DESIGN SIGHT 2013年)、カンペールが制作した《ライオンシューズ》、江ノ島電鉄の車両デザインなど、さまざまなプロジェクトが育っている。

HKDI ギャラリーでの展示風景、赤い台の上を走る《ライオンシューズ》 

 

藤原大は、種を蒔き、色を採り、未来の落穂を拾う、たいへんに行動的なクリエイターだ。この新作にも、彼のスケールの大きい発想力と行動力(ライオンの色をるためにアフリカを、動物の毛を拾うためにモンゴルを旅する)は存分に発揮されていて、私たちに現代を生きる歓び、問題意識とスリルをシェアしてくれるのだ。

香港の展覧会に行くのは難しいが、ギャラリーのウェブサイトからオンラインで鑑賞できる。展覧会ガイド、ブックレットをダウンロードすることも可能(英語)。

https://www.hkdi.edu.hk/en/hkdi_gallery/gallery.php?product_id=183.  

3月20日(土)20:00~には藤原さんによる日本語のオンラインギャラリーツアーが開催される。同27日、28日は英語でのツアー。(無料)

https://www.fujiwaradai.com/

現在のところ唯一の藤原さんの展覧会カタログ『COLOR HUNTING 色からはじめるデザイン』はこちらから

https://shop.cawaiifactory.jp/collections/book/products/color-hunting

 

画像はすべて HKDI Gallery Showcases "Dai Fujiwara The Road of My Cyber Physical Hands" Press Release からお借りしました